人々が日常的に利用する「駅」にこそ、コミュニティナースを。|JR東日本 服部暁文さん
2020.08.12
コミュニティナースのストーリー
vol.01_JR東日本 服部暁文さん
「駅とコミュニティナースは、相性がいいかもしれない」
そんなアイデアから、2019年、東京にあるJR西日暮里駅の構内において、コミュニティナースの配置にむけた実証実験を行いました。仕掛人は、『東日本旅客鉄道株式会社』に所属する服部暁文さん。
服部さんに、着想の理由や手応え、今の思いをお聞きしました。
これからは駅や鉄道のありかたが変わる時代
——はじめに、服部さんは『東日本旅客鉄道株式会社』でどのような業務を担当されているのでしょうか。
服部:東京支社の企画・地域共創課に所属しています。「地域をつくる」というのはおこがましいんですけれども、「地域がもともとあって、駅も共に育ってきた」という考えのもと、駅と共にある人々の暮らしを提案する部署です。
この課のなかで、山手線プロジェクトチームに所属し「東京感動線(リンク:https://www.jreast.co.jp/tokyomovinground/)」というブランドを展開しています。以前、北欧に2年間留学したとき、客観的に日本を見ることができて「東京はなんておもしろい都市なんだ」と思ったんです。この東京の魅力をより素敵なものに育てていきたいと考えたときに、「山手線を使うと一番インパクトがある」と思い、当社の中でプロジェクトとして推進してきました。山手線はハード面の開発が主に進んでいますが、やわらかい社会的インフラの構造となってもいいのではないか、と。
駅は、多くの方々の日常生活の動線にあるのが特徴です。「東京感動線」では、この駅を基点にして、日常生活を心豊かに過ごしていただくキッカケづくりをしています。それによって、地域の方やお客さまにとって東京の価値が上がり「東京に住んでいて・働いていてよかったな」と思っていただけるよう活動しています。
——思い入れをもって活動されているのですね。駅とコミュニティナースの掛け合わせを着想したのは、どのような理由ですか?
服部:以前、上司からコミュニティナースの活動を聞いて、実際に活動を見させていただき、その考え方にとても共感しました。看護師の方たちが医療施設だけではなく、もっと世の中に出てきてもいいんじゃないか、と。人々の健康維持を支えたいという思いがある看護師が、病院で病気になった人たちの対応だけになってしまうのは、その思いを活かせていない。そう考えたとき、コミュニティナースのいる場所として、日常生活の動線上にある駅とか郵便局は最適だな、駅と相性がいいなと思ったんです。
それにこれからの時代、人材不足が課題になり、駅や鉄道のありかたが問われていくと思います。例えば、駅員は駅の業務だけでいいのか。もう少し業務を多様化する必要があるかもしれません。そのとき、コミュニティナースの思想はいいなと思いました。コミュニティナースの方々のもっているホスピタリティは、とても日常的ですよね。これも相性がいいなと。
当社の特徴の一つは、ホスピタリティの高い人材がそろっていることだと思っています。その人材がコミュニティナースの研修を受け、駅務室の外に出て、新たな役割を担うのは今後可能性があるな、と考えました。
——実験とはいえ、導入にはご苦労があったのでしょうか。
服部:いえ、苦労とか、摩擦が起きるようなことはありませんでしたよ。実際に話をしてみると、さまざまな話題で盛り上がりました。JR西日暮里駅構内の『エキラボniri』や『西日暮里スクランブル』は「学び」をテーマにしていて、駅長(当時)も関心をもってくれました。コミュニティナースのことを、その後調べてくれていたようです。
企業の社員に、コミュニティナース的な存在になってほしい
——実際に実証実験をしてみて、駅構内や社内でどんな変化がありましたか。
服部:コミュニティナースの方の情報収集能力が高く、驚きました。売店や構内の和菓子屋などを回り、西日暮里のまちに関する情報や、毎朝顔を見かける馴染みのお客さまの暮らしのことなど、普段とは違う情報を得ることができたんです。普段の、駅との定期的な意見交換会では、外国人のお客さまが何割いるか、障がいのあるお客さまへの対応など、駅を円滑に運営するための情報が中心になります。一方で、コミュニティナースが今回得てくれた情報も、駅にとって大事なことだと感じました。
コミュニティナースは、お客さまの質問の裏にある、本当の困りごとを見ているのだと思います。例えば、お客さまから構内で乗り換えの仕方や道を聞かれたとき、駅員はできる限り円滑に案内しますよね。これはこれで一つの回答だと思います。でもコミュニティナースは、相手の感情から入る。「どうしました?」「急いでいるんですか?」「大丈夫ですか?」「どうやって行きたいですか?」というところから入っていました。
今回のことがキッカケになったかわかりませんが、その後の意見交換会では、駅員の一人が「西日暮里のエリアのことをもっと知りたい」と言い、「西日暮里をこよなく愛する会」を始めたいと提案してくれました。
——今後はどのような展開を理想としていますか。コミュニティナースを導入するうえでの課題は何でしょうか。
服部:日常生活の動線に、コミュニティナースが発信している“心身の健康”という要素をもっと入れたいと考えています。2020年度に、JR新大久保駅にシェアダイニングとコワーキングスペースを備えた、「食」をテーマにした交流拠点『新大久保フードラボ(仮称)』を開業予定です。例えばここに、コミュニティナースのような方に携わっていただけたら理想的だと考えています。
また、私も含めてですが「企業の社員に、コミュニティナース的な存在になってほしい」とも考えています。その中でも、特に駅員はコミュニティナース的な存在になれる人が非常に多いと思います。マルチタスク化するというか、ホスピタリティを発揮する場をもっと創りたいなと。その仕組みをつくっていくのは、私たちの仕事だと考えています。
現在は各駅に駅員がいて、駅や電車の運行を円滑に進める重要な役割を担っています。掃除のスタッフは掃除をしていて、店舗のスタッフは商品・サービスを提供している。実はたくさんの人が駅に関わっています。そういった、それぞれが与えられている従来の役割の範囲を超えて何かをするのは簡単ではありません。ただ、何か新しいことをするというよりは、コミュニティナースをキッカケに、お客さまの豊かな暮らしや自分たちの豊かな働き方のために、「駅にいる人」が何をできるかという視点を提案する。「東京感動線」が、ちょっとだけ未来の、駅の役割を提案できたらなと。その信念をもって、これからも「東京に住んでいて・働いていてよかったな」という声のために、活動していきます。
取材・文:小久保よしの
画像提供:東日本旅客鉄道株式会社 東京感動線