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「ないものはない」海士町の暮らしと医療の未来 〜「島まるごと診療所」ツアー 〜 その①

“離島診療”や“へき地”と聞いて、あなたはどんなことをイメージしますか?

 

・小さな診療所で設備が整っていない
・人手不足で医師は常駐していない

 

日本の課題先進地ともいわれる離島で、どんな暮らしや現場が待っているのか。観光で島を訪れることはあっても、実際の医療の現場や暮らしを知る機会を持つことはあまりないのではないでしょうか。

 

この秋、医療従事者の皆さんを対象に、島根県の離島「海士町」をフィールドにした“「島まるごと診療所」ツアー~課題先進地のプライマリケアを感じる旅~”が開催されました。

この場所に実際に訪れることでしか知ることの出来ない医療現場の現状や、島民の皆さんとの交流から見える海士町の様々な姿に出会う2泊3日の旅。今回は、そんな旅の取材リポートをお届けします。

>>>> その① 一日目レポート
>>>> その② 二日目前半レポート
>>>> その③ 二日目後半レポート

:海士町とは?:
島根半島の北方約60キロ、本土の港から高速船に乗って約1時間半でたどり着く日本海の離島“島根県隠岐郡海士町”。 

『“ないものはない”=必要なものはすべてここにある』をスローガンに、持続可能なまちの在り方の実現に向け、これまで産業や教育の分野などで様々なチャレンジを続けてきました。その結果、2004 年から 2015 年の 12 年間には、 356 世帯 521 人の I ターン ( 移住者 )、204人の U ターン ( 帰郷者 ) が生まれ、島の全人口の 20% を占めるまでになり、今や課題先進地として、また新しい挑戦をしたいと思う若者たちの集う島として、全国から注目される離島の一つとなっています。

 

ないものはない。あったらラッキー。(訪問看護・診療所)

【 海士診療所・主任看護師/淀 みゆき(よどみゆき)さん】
海士町出身。2001 年新卒で入所、
海士診療所勤務18年目。2年前に緩和ケア認定看護師資格を取得。外来を兼務しながら海士町の訪問看護にメインで従事している。

 

 

「命が尽きるまでがんばらんとねぇ。いい男みせてあげて。」

在宅でケアを受けられている103歳のげんさくさんに、訪問した私たちを紹介するのは、海士町で生まれ育った看護師の淀みゆきさん。

げんさくさんはもともと漁師さんで、90歳位まで漁にでていた。一度は島の外で働いていたこともあったが、今は生まれ育ったこの島で暮らし続けている。

 

医師の訪問は2週間に一回、その隙間の週に看護師が訪問し、ヘルパーさんは週に3回。車椅子はあっても、家の中の移動手段として使うだけで外出はしない。

朝起きて、顔を拭いて、仏壇を拝んで、車椅子のまま朝ごはん。
右手右足がうまく動かないが、食事は左手でなんとか自分で食べている。
耳も遠く、話す内容は初めて会った私たちにはよく聞き取れない。
でも、「何を言ってるか、わからんわ」と言いながら、気さくに話しかける淀さんの様子は、まるで家族のようだ。

 

 

ここで元気に、やりたいことができる人生を。

げんさくさんが「家で過ごす(在宅介護)」と言った時、ご家族はどう思ったのだろうか。

娘さん:
まあ、それが(大きな病院がない島では)普通かなと思いましたね。
どうしようもなくなったら、またその時相談すればいい。
みなさんにサポートいただいているから、なんとかなってる。
自分も年だからあちこち痛いしね、老老介護になっとるけん、私もいつお世話になるかわかんないわね。

 

淀さん:
ベッドを一緒に並べてもらったら、一緒に看ますよ(笑)

 

淀さん:
都会は在宅になると、「何かあったら」と思っていろんなサービスをつけちゃう。
島では、ないならしょうがないと思って、やれる範囲でやるしかない。
「ないものはない」と、患者さんご本人が覚悟するんです。救急医療も含めて。
ご本人が「元気で島に帰れないなら、島にいた方がいい。」と言うなら、最期までその気持ちを受け入れます。

関われる範囲は限られているので、届けられないこともあるけどしょうがない。
希望があれば対応するけれど、ご本人や家族がどれだけ望むか。

今までどう生きてきたか。

医療にできることを押し付けるのではなく、寄り添う。
命だけ診てるわけではなくて、今までの暮らしやご家族の存在を踏まえて考えいているんです。

 

海士町の場合、亡くなる場所はご自宅が多く、次に町内の高齢者施設と続く。在宅看取り率が全国に比べると高い傾向にあるのは、看取りに対応してくれる医師がいてくれるからだという。

訪問看護の現場に同行し、淀さんと患者さんとのやり取りを通じて見えたのは、小さなコミュニティだからこそ、島の医療はより暮らしに近く、人に近いということ。そしてその距離の近さこそが、医療従事者と患者さんやご家族との“心の距離”を近づける。

「医療にできることを押し付けるのではなく、寄り添う」という看護のあり方は、関わる者同士の心の距離に比例した、相互の信頼関係があってこそ成立するものなのだと強く感じた。

 

 

大きく変化していく制度と暮らし(健康福祉課)

【 海士町役場・医療コーディネーター/ 濱見 優子(はまみ ゆうこ)さん】
1958 年、海士町生まれ。保健師の資格を持ち、海士町役場健康福祉課長、 海士町福祉事務所長を務め、他地域に先駆けた糖尿病対策事業や大規模 認知症コホート研究事業などを手がける。現在は退職し、2019年5月よりそれまでの経験やキャリアを生かした海士町役場医療コーディネー ターとして海士町の医療体制再構築プロジェクトに参画している。

 

今回のツアーを企画した「風と土と」のオフィスでもある古民家村上家に場所を移し、海士町役場医療コーディネーターの濱見優子さんから、海士町の保健福祉の成り立ちと今の取り組みのお話をお聞きする。話のお供は、アヅマ堂さんのプリンとドーナツ、海士町特産のふくぎ茶だ。

 

海士町の人口は、40年前の3500人から2300人に減りつつも、Uターン I ターンの単身暮らしが多いので世帯数はそこまで減ってない。高齢化率は41%、子どもたちの数がどんどん減ってきたにも関わらず、近年その数を維持できている理由は、暮らし方や制度が変わるごとに役場で新しいプロジェクトを立ち上げ続けてきた為だという。

他地域に先駆けて、昭和61年から手がけてきた糖尿病対策事業では、健康福祉課と海士診療所、そして島外の専門医療機関が連携し、糖尿病にかかっていない人も検診を受けられる仕組みが確立された。そのお陰で、糖尿病の早期発見と総合的な予防が実現し、現在も効果測定をしながら継続している。

 

出番があるうちは、まだまだ元気

76歳のおじいさんに「不安はありますか?」と聞くと、「老後が不安だ」と。
今はまだ老後ではないが、自分で動けなくなって周りに迷惑をかけるようになってしまうことが不安だそうだ。

けれど、福祉のサービスを勧めても「もうちょっと歳を取ってから」と言われてしまう。「出番があるうちは、まだまだ元気だ」という意識をもって暮らしているのだ。

海士町の人たちが、他の地域に比べて特別に健康意識が高いわけではないかもしれない。だが、高齢になり細かな健康問題があったとしても、「自分は健康だ」と思っている人がたくさんいる。幸福感に溢れている人が多い印象だという。

一方で、島の医療・福祉に関わる方々の手厚い施策を「あたりまえ」と思わずに感謝している土壌もある。

 

濱見さんから伺った健康福祉課の事例から、あらゆる組織の垣根を超え、診療所と役場、そして島外の専門機関がひとつのチームとして課題に向き合う姿は、まさに“海士町らしさ”を象徴しているのではないかと感じた。

そして、担うべき役割があるうちは「より健康でいたい」という76歳のおじいさんの願いと、町民の健康や暮らしを維持する為に動く行政や診療所の願い。この2つの願いの重なる部分に、未来の地域医療に繋がる何かがあるような気がする。

 

 

島に由来するものを食べ、島の踊りを堪能する(民宿但馬屋)

朝一番の漁で獲れた魚、自家菜園の野菜、全てこの土地に由来し、この島に根差した材料でお料理を提供している民宿但馬屋さんで夜の部がスタート。海士町のお米と名水でつくられたお酒とともに食事と会話を愉しんだ。

宴の最後には、海士町発祥の民謡「キンニャモニャ」。初めての私たちも島の一員のように両手にしゃもじを持ってみんなで踊った。

 

 

>>>> その② 二日目前半レポートに続く

>>>> その③ 二日目後半レポートはこちら

次回の「島まるごと診療所ツアー」は、2020年3月5日(木)~7日(土)開催です。

このツアーレポートでお伝えしきれなかった、島の空気や風景や音、お会いする皆さんの言葉や表情から溢れる、
島と暮らしを愛する思い、豊かな自然とおいしい食べ物を体験しに、ぜひ、海士町を訪れてみてください。

詳細はこちらからご覧ください。
▶︎ https://www.kurashimanet.jp/event/detail/2000/